鶴岡八幡宮西側の出口より道路を渡り、小袋坂旧道を向かうと坂の途中に青梅聖天社がある。小さな地域持ちの社で、聖天像(歓喜天)ならびに勝軍地蔵を祀る。昔、鎌倉の将軍が病気になり、時期でもないのに梅を所望した。あちこち探すうちにこの社の前ににわかに梅がなり、これを将軍に捧げると将軍の病気は治った。これにより青梅聖天と名付けたと伝えられる(『新編鎌倉志』)。『新編相模国風土記稿』によると鶴岡八幡宮相承院の什宝の項目に「聖天像一躯 慈覚西土より請来の像にて押手聖天と称す」という記述がある。境内には丸山稲荷と称する社がある。この社の前の坂を聖天坂と言う。かつての小袋坂であるが、新道の建設によってこの先で途切れている。
青梅聖天